社員紹介

この仕事を始めた背景と思い|営業担当塩沢雅博

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LAGOM合同会社営業担当の塩沢雅博です。

私の人生の小話となぜこの仕事をし始めたのか、その背景と思いを綴りました。

 

私の学生時代、仕事へのイメージは正直”ぼんやり“でした。

時はバブルで日本全体が浮かれていた時代。

仕事を選ばなければそれなりの会社に入社出来るそんな時代でした。

しかし、私はなんとなく就職活動して会社を選ぶことが出来ず(正確にはどうしても働きたい会社があり)、入社先を決めず大学を卒業。

そしてご縁があり、希望の会社に卒業して間もなく入社しました。

 

それから約19年経ち・・42歳の際に大きな決断をしました。

それは、考えに考えぬいて退職を決意。

その時の状況は。。

*長男がまだ5歳 *自宅のローンがあと??年 *母親が老人ホームでお世話になっている

といった具合。

河村代表と同じく人生80年(今は人生100年なんて言われてますが)と考えた時に、折り返し地点に立っている自分。

果たして次は何をするのか??(何が出来るのか??)を散々考えたあげく、ひとつの答えが。

“今まで自分は好きなことを仕事(ファッション)にしてきたけれど、残りの仕事人生は”誰かの役に立つ→誰かに喜んで貰える→であれば、社会に貢献出来る仕事に就こう!“と思ったのです。

遅まきながら。

そう思えたのは自分の人生感や死生観を変える、わりと自分の中では大きなエピソードを経てこの考えに至ったのかな?と思っています。

それは、、

*結婚(正直、自分には縁がないと思っていた) *父親になる(子供は苦手だと思っていた) *母の病気(大腸がんを患う)と認知症を発症してからの介護状態へ突入。そして介護施設でお世話になる(一人で抱えていたので、正直辛かった)

などなど。

 

幼い頃から一人っ子だったこともあり、家族・親戚・友人などを含めて他人のことを優先して考えたことがなかったように思います。

自分ファースト。

誰かと深くまで関わること自体も煩わしいとさえ思っていました。

要するに、一人で居ることが大好き。

それが家族を持って、母の介護を経験して“ガラリ”と変わりました。

そもそも独立心が強かった私は大学入学と同時に一人暮らしを始めて、大きな勘違いをしていました。

自分は誰にも頼らず、一人で生きていける。

真の大人は一人で生きていかなければならない。

今考えると、粋がっていたのですね。

それが若さ所以なのか。

違うな。

人間は一人で生きていくことは絶対無理ですね。

気付いていない所で、人は必ず誰かのお世話になっているはず。

家族・親類。友人。会社の仲間。ご近所さん。

それから普段何気なく利用しているお店の方や、それこそ役所の職員だったり。。

“会社は社会の公器”と言っておられた経営者の方が居ましたが、その会社を構成する従業員も”社会の公器を成すが為に、その責任や役割を担わなければならない”のでしょね。

きっと。

 

大袈裟かな?

今更ですが、40歳を過ぎて気付いたのです。今までの人生を歩めてこられた恩返しをしないと、恥ずかしいな。

そんな思いです。

この気持ちを心に秘めて、この先ずっと仕事が出来ればいいですね。

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